他人事なのですがね。
※写真は全て素材屋さんからです。
22~23歳くらいの時です。
大型トラックに跳ねられましてね。
意識不明の重体で病院へ運ばれていました。

意識が戻りましたらホントこんな感じで身体中包帯だらけで片目だけ出ていました。
右肺のパンクに身体中の骨折で肺の出血の血をドレン抜きしてありました。
当時のドレン抜きの機械は子供の勉強机位の大きさでホースで繋がれているので
ベッドから半径1.5m程しか行動範囲が有りませんでした。
なので大小WCの始末はベッドの上です。
22~23歳のあんちゃんにはかなり過酷な試練でしたね👊
あ。話は私の交通事故の話ではなくてねwww
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私より一回り以上上の看護婦さんと(あえて婦)
整体のリハビリの先生が居ました。
リハビリの先生は殆ど目が見えなかったのですが自分の事は自分で出来ていました。
このお二人はご夫婦でね。
私、結構仲良くなりまして。
私の事を『親爺ちゃん、親爺ちゃん』と可愛がって頂き
自宅に食事にまで呼んで頂くほどになりました。
いろいろと話を聞いていますとリハビリ先生は元々腕利きの大工さんだったのですが

目が見えなくなり当時の医学では視力の回復は見込めなかったとの事で
盲学校で勉強して資格を取ったとか。
私はその病院を退院しまして何年たったでしょうか。
仕事を独立して何年か経った頃に若い衆が夜中に単独事故を起こしまして。
労災ではないのですが私に電話が掛かって来まして事故処理に向かいました。
車の始末やら何やらと済ませて最後に病院にだけ見てもらえと救急病院へ連れて行きました。
そうしましたらその救急病院で受付してくれた看護師さんが
私が入院していた当時の看護婦さんでした。
あらま。の挨拶も程々に済ませてレントゲン撮ったのか
何したのか覚えていませんがなんとも無かったのでしょう。
帰って良いよとの事になり帰宅しました。
それからどんだけも経たないある日に当時のリハビリの先生から電話が掛かって来まして。
家のボイラーの調子が悪いから見てチョ!との事。
見に行ったわけです。
修理をしながら世間話やら何やらしていましたら私が入院していた病院でリハ先生
他の看護師さんにオイタをしまして。
離婚していたとの事。
この間、前の奥さんに〇〇病院で世話になったとか話しましたら
ヨリを戻す様に取り持ってくれないかと言われまして。
何度か何度か断ったのですが最終的に断れずに一度だけ電話を掛ける事になりました。
恐る恐る電話しましたらリハ先生の事を自分の親の下の世話まで私にさせて云々・・・
ここでは書ききれない程ボロクソに言うだけ言って
もう再婚したわ!とのこと。
リハ先生にはそう伝えまして話は終わりました。
それから数年経った頃でしょうか。
リハ先生から引っ越したのだが修理したいところが有るので見てほしいとの事。
行ってびっくりΣ(・ω・ノ)ノ!玉手箱!
リハ先生は再婚はしていないものの内縁の妻の家に転がり込んでいましたw
修理も終わりそれから会う事も無く10年近くの歳月が過ぎました。
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もう、話の看護婦さんとリハ先生の事などすっかり忘れていました。
そしたら今年(R8)に入ったこの間
リハ先生から電話が掛かって来ました。
ボイラーの調子が悪いから見てくれとの事( `ー´)ノ
あまり気乗りはしなかったのですが行きましたよ。
先ずは世間話から始まりまして話が落着いた頃に内縁の妻さんが亡くなったとの事。
修理は見積り出して返事待ちなのですがビックリした事が有りましてね。
40年以上前の医療では視力の回復は見込めないとの事でしたが、
この日、伺った時はフツーに視力が回復していまして
今の医療では視力が戻る手術が出来る様になったとの事。
長々と書いてきましたが私の思った事はこのリハ先生の人生
切りが無い話ですが40数年前に今の医療技術が有れば
好きな大工を続けて全く違った人生だったのかな~なんて思いました。
長々と書きましたが独り言ですwww




